師匠の死から去来する思い
EBMの父といわれる、David Sackett 師匠が2015年5月13日、80歳で亡くなられました。師匠が医療に絶大な功績をもたらしてきたことは、誰しも同意されるでしょう。
師匠とはいえ、私は実際にお目にかかったことはなく、本でその教えを授かってきただけという身分なのですが、これまで大きな恩恵を受けてきた一人として、ここに哀悼の意を表したいと思います。
師匠に対する思いをまとめた追悼特集は、現在「地域医療ジャーナル」(7月号臨時増刊予定)で発行準備中です。ご期待ください。6月号もおすすめです。
ここでいろいろな思いが去来します。そもそも、このブログもEBMの実践を伝えようとして始めたものです。
1998年頃からEBMの方法を知り、師匠の本 *1 を読んで実践をはじめてから10年。当時は、周囲にEBMを実践する医師はほとんどいませんでした。TV会議システム(ISDN回線)やメーリングリストなどをつないで、細々と取り組みをつづけていましたが、このような実践方法をさらに広げていきたいと、2007年にこのブログを開設しました。
医師の臨床教育にも関わっていましたので、このブログを通じて、どのように実践しているかを示し、残しておきたいとも考えていました。
地域医療の実践・教育ツールを臨床現場でもっと活用しやすいものにしたい(COMET *2 構想案、2003年 岐阜)という夢もあり、これが私の原動力となってきました。
ブログを開設して7年。まだ地域医療の実践・教育ツールは全体像が描けていません。その間に実践の場も転々としてきましたが、ようやく腰を落ち着けて診療ができる体制となったところです。
人や組織や社会の大勢が変わるのに10年はかかります。少しずつ時を刻みながら、それなりに前進してきたように思います。
10年前には、家庭医療や総合診療という存在自体ほとんど知られていませんでしたし、その道を志望することは口にも出せない(「かくれ家庭医」というコトバがありました)という時代でした。この10年の間に、1,000人近い専門医・研修医が登録されるという、とても信じ難いことが現実となりました。隔世の感があります。
さらに、診療環境は強い追い風となっています。
さあ、ここからが再構築のタイミングです。
既存の力や既得権益に頼らずに、日々着実に診療の質を高めていくこと、そしてそれを共有すること。そのためのツールの全体像を示すこと。いよいよ本格的に取り組んでいきたいと思います。
EBMの実践も地域医療の実践も教育も、従来の方法に甘んじてよいというはずはありません。時代は変わりつつあります。
EBMの全く新しいスタイルや技法は、EBM実践者から生み出されるでしょう。そしてそれは、おそらく地域医療における新たな診療スタイルのひとつになると確信しています。
日本の未来の地域医療像を具現化していくこと。そのことこそ、私たちが師匠から託された役割であると感じています。
*1:Evidence-Based Medicine: How to Practice and Teach EBM, 2e および初版本の日本語版
*2:COMETとはCommunity Medicine & Education Toolboxの略