こちらの記事「震災の地に足を踏み入れて」のつづき記事です。
東日本大震災当時の女川町の病院周辺の状況がわかるインタビュー記事がありました。以前に紹介した、この本に掲載されています。
実はこのインタビュー、PDFでも公開されており、閲覧可能です *1。
女川町立病院(現在の女川町地域医療センター)の医局で震災22日後という時期に行われた、院長の齋藤充さんのインタビューです。当時の状況を伝える貴重な資料のひとつとなるでしょう。
過去の津波の経験から地震発生とともに住民は高台へ逃げていたこと、海抜16mという高台に逃げてきて安心して駐車場の車にいたところ第二波の津波で流されてしまった人がいること、ライフラインが絶たれ薬や情報がない中で患者が押し寄せ混乱、職員が不眠不休で対応した様子など、緊迫した状況がわかります。
町の中心部が壊滅的な被害となり、町民の約1割の死者・行方不明者、町全体の約7割にあたる約3,000世帯が家を流され、約5,700人の被災者が出ました。
震災から4年。町の中心部は10m以上嵩上げされ、2015年3月21日には新しい女川駅が開業、JR石巻線が全線復旧し、「まち開き」も行われています。
豊かで活気ある女川町が復興するまでには、まだ時間がかかるでしょう。それを実現させることこそが、地域医療従事者の使命である、と齋藤さんは語っています。
これからの地域医療の展開と地域の復興を、遠くから見守りたいと思います。
*1:齋藤充, 山田隆司, 宮崎国久. INTERVIEW 被災者であり, しかし, まず医療者として. 月刊地域医学 2011;25(5):402-409