急性中耳炎と診断し、内服治療を開始した小児が、その翌日耳鼻科で鼓膜切開を受けた、という話を時々耳にします。急性中耳炎に対して、鼓膜切開は早期に行ったほうがよいのでしょうか?
抗菌薬なしで経過観察
小児の急性中耳炎の治療については、重症でなければただちに抗菌薬も投与せず、鎮痛剤のみで48-72時間まで経過観察することも選択肢のひとつとなっています。抗菌薬を投与する場合は、アモキシシリン 80-90mg/kg/日が推奨されています。
American Academy of Pediatrics Subcommittee on Management of Acute OtitisMedia. Diagnosis and management of acute otitis media. Pediatrics. 2004May;113(5):1451-65. Review. PubMed PMID: 15121972.
3歳未満については、抗菌薬を投与したほうが症状改善が早く、治療失敗が少ない、といういくつかの研究があります。日本語の2次情報サービス「CMECジャーナルクラブ」から。
CMECジャーナルクラブ編集部. 小児の急性中耳炎に抗菌薬は効きますか? CMECジャーナルクラブ 2012年2月9日配信
CMECジャーナルクラブ編集部. 3歳未満の急性中耳炎に抗菌薬を飲ませたほうがよいですか? CMECジャーナルクラブ 2011年11月28日配信
CMECジャーナルクラブ編集部.2歳未満の中耳炎では抗菌薬を飲んだほうがよいですか? CMECジャーナルクラブ 2012年2月16日配信
いずれもランダム化比較試験またはメタ分析ですが、短期的な治療効果を評価しているだけです。
鼓膜切開のエビデンスは少ない
抗菌薬なしでまずは経過観察することが選択肢となる急性中耳炎の治療において、鼓膜切開術の位置づけはどのようになっているのでしょうか。調べてみることにしました。
疑問を定式化すると、
- 急性中耳炎の小児に
- 鼓膜切開術を行うと
- 抗菌薬投与に比べて
- 治癒率、再発率、合併症発症率は低下するか
- 治療、ランダム化比較試験
このような研究は果たして行われているでしょうか?
UpToDate、DynaMedを調べても、急性中耳炎に対する鼓膜切開(Myringotomy)の記述は少なく、エビデンスは引用されていませんでした。意外と簡単ではなさそうです。
オンラインテキストについては、こちらの過去記事をご参照ください。
オンラインテキスト ベスト10 - 地域医療日誌 by COMET
さきほど紹介した2004年のPediatricsに掲載されたガイドラインでは、いくつかの論文が引用されていますが、
Tympanostomy/myringotomy Requires skill and entails potential risk
「鼓膜切開にはスキルが必要で、潜在的リスクを必然的に伴う」という記述となっております。
さて、そこでPubMed検索へ。Clinical queriesにMyringotomyを入れて検索。さらに、"Related citations"から4つの論文にたどり着きました。抄録のみですが古い順に紹介したいと思います。
1981年
van Buchem FL, Dunk JH, van't Hof MA. Therapy of acute otitis media:myringotomy, antibiotics, or neither? A double-blind study in children. Lancet.1981 Oct 24;2(8252):883-7. PubMed PMID: 6117681.
■急性中耳炎の小児に
■鼓膜切開(±抗菌薬)を行うと
■鼓膜切開なしの治療と比べて
■臨床経過(痛み、体温、耳漏の期間、耳鏡所見、聴力、再発率)は改善するか
■治療、ランダム化比較試験(二重盲検)
■結果(※※)
171人の急性中耳炎の小児を対象に、抗菌薬/鼓膜切開があり/あり、なし/あり、あり/なし、なし/なしの4群比較。
アウトカムの臨床経過には4群で有意差なし。抗菌薬なしの群では他の群に比べて、耳漏等が改善するまでやや長かったが有意差なし。
1989年
Engelhard D, Cohen D, Strauss N, Sacks TG, Jorczak-Sarni L, Shapiro M.Randomised study of myringotomy, amoxycillin/clavulanate, or both for acuteotitis media in infants. Lancet. 1989 Jul 15;2(8655):141-3. PubMed PMID: 2567903.
■急性中耳炎の乳児(3-12か月, 105人)に
■鼓膜切開(抗菌薬オーグメンチン併用あり34人、併用なし35人)を行うと
■抗菌薬オーグメンチンのみ(36人)と比べて
■臨床症状は改善するか
■治療、ランダム化比較試験(二重盲検)
■結果(※※)
耳鏡所見の治癒
オーグメンチンを使用した群:60%
鼓膜切開・オーグメンチンなしの群:23%
オーグメンチンを使用した群では鼓膜切開よりも炎症の持続も少なかった。
1991年
Kaleida PH, Casselbrant ML, Rockette HE, Paradise JL, Bluestone CD, BlatterMM, Reisinger KS, Wald ER, Supance JS. Amoxicillin or myringotomy or both for acute otitis media: results of a randomized clinical trial. Pediatrics. 1991Apr;87(4):466-74. PubMed PMID: 2011422.
■急性中耳炎の乳児または小児(536人)に対して
■以下の6つの治療方針を行うと
・非重症エピソード
抗菌薬アモキシシリン または プラセボ
・重症エピソード
アモキシシリン または アモキシシリン+鼓膜切開
・2歳以上
プラセボ または 鼓膜切開
■治療の臨床症状が改善するか
■治療、ランダム化比較試験
■結果(※※)
非重症エピソードについては、
・初期治療の失敗率
アモキシシリン:3.9%
プラセボ:7.7%
・発症から2-6週間での中耳滲出液貯留
アモキシシリン:46.9%
プラセボ:62.5%
2歳以上の重症エピソードについては、
・初期治療の失敗率
鼓膜切開のみ:23.5%
アモキシシリン+鼓膜切開:3.1%
アモキシシリンのみ:4.1%
重症エピソード全体では、
アモキシシリン+鼓膜切開とアモキシシリンのみではほぼ同等
以上より、急性中耳炎では常に抗菌薬を使用すべきであるが、鼓膜切開を常に行うかどうかについては十分な根拠が得られなかった。
以上の3つのランダム化比較試験からは、鼓膜切開の有効性について示されたものはありませんでした。
さらに、2005年には日本の研究が発表されています。 (つづく)
※記事内容は論文を紹介するものであり、一定の学術的な見解や治療指針を示すものではありません。詳細は原著論文をご参照ください。