5月の山口地裁での損害賠償訴訟を契機として、にわかに話題になっているホメオパシー。8月5日の朝日新聞記事や8月24日の日本学術会議の金沢一郎会長の記者会見など、ホメオパシーに対する批判が高まっています。
山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故 - Wikipedia
問われる真偽 ホメオパシー療法 asahi.com
代替療法ホメオパシーの効果否定 学術会議「使用慎むべき」 47News
ホメオパシーは「荒唐無稽」 学術会議が全面否定談話 朝日新聞
日本ホメオパシー医学協会のウェブサイトには、これらの新聞や週刊誌記事に対する見解が掲載されています。
やや過熱気味の論争ですが、残念ながら、科学的根拠に基づいた情報提供や報道は不足しているようです。この手の問題は常にそうですが、本来、本当に効くのか効かないのか、医学的にはどう判断するのかについての十分な科学的根拠を示さないと、正当な議論ができないのではないかと危惧します。
まずは中立的な立場に立って、感情論に走らないように注意する必要があると思いますが、日本学術会議からのコメントも、やや科学性の担保がなされていないように思います。
そこで情報検索をしてみることにしました。ホメオパシーには質の高いエビデンスはあるのか。無料で使用できるPubMedから検索してみました。
ホメオパシーの医学論文
PubMed "homeopathy" で検索すると、4192件の論文が登録されています。質の高い論文に絞り込むために、Clinical Queriesを使ってみます。
Search History
#9 Search (homeopathy) AND systematic[sb] Limits: Humans 252
#6 Search (homeopathy) AND (Therapy/Narrow[filter]) Limits: Humans 149
#4 Search (homeopathy) AND (Therapy/Narrow[filter]) 157
#1 Search homeopathy 4192
このように、意外と多くの論文が検索されてきました。システマティックレビューだけでも252件あるようです。
コクランでは8件
絞り込むのが少し大変そうだったので、PubMed検索をやめて、ここでCochrane Libraryへ行ってみました。(Abstructまでは閲覧無料です。)
The Cochrane Library
There are 8 results out of 6264 records for:
"homeopathy in Title, Abstract or Keywords in Cochrane Database of Systematic Reviews"
ホメオパシーに関するシステマティックレビューは8件ありました。詳細はぜひabstructをご覧いただくとして、概要を簡単にまとめると、以下のようになります。
- Homeopathy for attention deficit/hyperactivity disorder or hyperkinetic disorder
注意欠陥・多動性障害に対する効果を検証。4つのランダム化比較試験(n=168)の結果を統合。ホメオパシーは有意な治療効果を認めず。
- Homeopathy for chronic asthma
喘息に対する効果を検証。6つのランダム化比較試験(n=556)の統合。研究の質がどれも高くない。症状スケールで有意な効果がみられた研究はない。
- Homeopathy for dementia
認知症に対する効果を検証。基準を満たしている質の高い研究は今のところない。
- Complementary and miscellaneous interventions for nocturnal enuresis in children
小児の夜尿症に対する効果を検証。研究なし。
- Homeopathy for osteoarthritis
変形性関節症、現在作成中。
- Homoeopathy for induction of labour
分娩誘発に対する効果を検証。2つのランダム化比較試験(n=133)の結果を統合。これらの研究の質は高くない。研究方法やランダム化、アウトカム評価に関する重要な情報が欠けている。効果の差はみられなかった。
- Homeopathic medicines for adverse effects of cancer treatments
がん治療(放射線治療、化学療法)の副作用治療に対する効果を検証。8つのランダム化比較試験(n=664)を統合。放射線皮膚炎に対するcalendula(カレンデュラクリーム、キンセンカを配合している)の外用と化学療法に伴う口内炎に対してTraumeel Sのうがいは効果が認められた。重篤な副作用は認めなかった。
- Homoeopathic Oscillococcinum for preventing and treating influenza and influenza-like syndromes
無料閲覧ができませんでした。
放射線皮膚炎と化学療法による口内炎には有効
がん治療の副作用治療に有効であるというエビデンスがあるとのことです。それ以外の閲覧できた6件ではやはりほとんど差が出ていないようです。
ちなみに、カレンデュラとTraumeel Sについては、こちらをどうぞ。
カレンデュラクリームはネット販売のページも検索されてきます。
感情的に「ホメオパシー」批判になるのではなく、どんな治療がどの程度有効で、どんな治療が無効で、どんな治療に害があるのか、ひとつひとつ検証していくことこそが、科学的姿勢なのではないでしょうか。
効果は明確に否定?
論文の批判的吟味は、研究を科学的見地から検証することです。決して研究者を批判することではありません。
日本学術会議の記者会見で、ホメオパシーの「治療効果は科学的に明確に否定されている」という根拠とされた、ランセット誌の2005年の論文 *1 を読んでみることにしました。
メタ分析(Shang, 2005年)
この研究は、複数の研究結果を統合した「メタ分析」と呼ばれる手法で行われています。ひとつの研究論文ではなく、過去に行われた研究を集めて、結果を合わせたらどうなるか、検証した論文です。
まずは論文の基本、"PECO"を確認するところからですが・・・P(patient)、研究の対象者としてどんな人を選んだか、ですが、まずこれが明確になっていません。Table 1を見ると、気道感染症、花粉症と喘息、産婦人科疾患、手術や麻酔関連、消化器疾患、筋骨格系疾患、神経疾患など、いろいろな対象者が混在しています。
次にE(exposure)、C(comparison)、どんな治療をどんな治療と比較したか、ですが、この研究はホメオパシーと従来の医療を比較した論文ではありません。ホメオパシーとプラセボ(偽薬)を比較したもの、従来の医療とプラセボを比較したものの、両者を集めています。
また、この研究の集め方が特徴的で、ホメオパシーとプラセボを比較した研究は網羅的に文献検索がなされており、110件の研究が選ばれています。それに対して、伝統的医療とプラセボを比較した研究は、ランダムに選んだ論文を用いているのです。
For each homoeopathy trial, we identified matching trials of conventional medicine that enrolled patients with similar disorders and assessed similar outcomes. We used computer-generated random numbers to select one from several eligible trials of conventional medicine. Outcomes were selected and trials matched without knowledge of trial results.
つまり、そもそも比べている対象が異なっているので、この研究ではホメオパシーと伝統的医療を直接比べることはできない、ということになりそうです。
さらに、O(outcome)ですが、もともと比較する対象も病気もばらばらですから、治療効果の判定方法もバラバラになっています。研究によってはいくつもの指標を比べているものもありますが、それらはMethodsを読んでみると、以下のように処理されています。
We used prespecified criteria to identify outcomes for inclusion in the analyses. The first choice was the main outcome measure, defined as the outcome used forsample-size calculations. If no main outcome was specified, we selected other outcomes, in the order: patients' overall assessment of improvement; physicians' overall assessment of improvement; and the clinically most relevant other outcome measure (for example, the occurrence or duration of an illness). Outcomes were selected randomly if several were judged equally relevant.
複数のアウトカムがある場合にはランダムに選んだ、との記述もあります。つまり、比べる指標についても、あらかじめ決められていたものではない、ということです。
つまり、この研究のPECOからわかることは、どんな病気か、どんな治療効果かについては一切問わず、ホメオパシーの効果を検証した論文を集めて結果を集計しました。従来の医療の研究については、ランダムに抽出した研究だけを集めてみました。ということでしょうか。かなり乱暴な研究デザインではないでしょうか。
いろいろな研究をごちゃまぜにしたbiasの影響の大きいメタ分析である、ということがわかります。
「治療効果は科学的に明確に否定されている」と断言できるものではないことが、研究デザインを見るだけで容易にわかります。
治療効果は科学的に明確に否定?
結果はどのようなものだったのでしょうか。図の引用をせざるを得ませんので、引用させていただきます。
この図はfunnel plotという図です。点ひとつがひとつの研究を表しています。たて軸が研究の規模を、横軸が治療効果を示すものとなっており、点線(効果同等)を境として、右が効果なし、左が効果あり、という傾向になります。
上がホメオパシー、下が従来の医療(抽出)の研究結果を示したものです。両者に差はあるでしょうか?しかし、この差が「明確」という根拠になっているものです。
残念ながら、論文中にホメオパシーの110研究を統合した指標については述べられていません。それは質の低い研究も含まれる、というものだったようです。
質の高い研究のみを統合した結果のみが書かれており、ホメオパシー(8研究)のオッズ比は0.88 (95%信頼区間 0.65–1.19)、 従来の医療(6研究)のオッズ比は0.58 (95%信頼区間 0.39–0.85) と、従来の医療のほうがよい結果となっています。
ただし、これは両者を直接比べた研究ではないこと、いろいろな研究をごちゃまぜにした結果であること、特に従来の医療はランダムに抽出したものであることから、単純に両者の比較はできません。この結果で優劣をつけることはできないはずです。
さらに、この質の高い研究とはどんな研究だったのか調べてみようとしたところ、統合した研究がどれなのか、本文中に記述がありません。それぞれ110の研究リストはWeb上で追加されているのですが、書かれていないのは不思議です。
なぜこのような記述になっているのでしょうか?
本文中introductionに記述があります。
Bias in the conduct and reporting of trials is a possible explanation for positive findings of placebo-controlled trials of both homoeopathy and allopathy (conventional medicine). Publication bias is defined as the preferential and more rapid publication of trials with statistically significant and beneficial results than of trials without significant results. The low methodological quality of many trials is another important source of bias. These biases are more likely to affect small than large studies; the smaller a study, the larger the treatment effect necessary for the results to be statistically significant, whereas large studies are more likely to be of high methodological quality and published even if their results are negative. We examined the effects of homoeopathy and conventional medicine observed in matched pairs of placebo-controlled trials, assessed trial quality and the probability of publication and related biases, and estimated results of large trials least affected by such biases.
ホメオパシーであっても従来の医療であっても、効果があったという研究はバイアスかもしれません。効果があるという結果は出版されやすく、効果がなかったという結果は出版されにくい、というのが出版バイアスです。(Funnel plotで点線より右側の研究が少なくなっています。)また、規模が小さく質の低い研究は、効果が大きく出やすいという側面があります。(縦軸の下の方の研究は、横軸の点線より左右に離れる傾向になっています。)これらバイアスについて評価することが、この研究の主要な目的だったようです。
Funnel plotからもわかるように、ホメオパシーも従来の医療も、いずれもそのような傾向があります。両群を比較しても、110の研究のうち質の高い研究はホメオパシー19%、従来の医療8%と従来の医療の研究の方が少なかったわけですが、いずれの治療も、このようなバイアスに注意して治療効果を評価しなければならない、という趣旨の研究でしょう。ホメオパシーの効果それ自体を検証した内容ではありませんので、この研究ではなんともいえない、といったところでしょう。
感情的になりホメオパシーをひとくくりにして判断するのではなく、どのような病気に対して、どんな治療が、どの程度効くのか、それぞれ検証しながら積み上げていく姿勢こそが、科学的立場といえるのではないでしょうか。
コンテクスト効果と医療の将来
最後に、この論文のdiscussionの一部をご紹介したいと思います。
Context effects can influence the effects of interventions, and the relationship between patient and carer might be an important pathway mediating such effects. Practitioners of homoeopathy can form powerful alliances with their patients, because patients and carers commonly share strong beliefs about the treatment’s effectiveness, and other cultural beliefs, which might be both empowering and restorative. For some people, therefore, homoeopathy could be another tool that complements conventional medicine, whereas others might see it as purposeful and antiscientific deception of patients, which has no place in modern health care. Clearly, rather than doing further placebo-controlled trials of homoeopathy, future research efforts should focus on the nature of context effects and on the place of homoeopathy in health-care systems.
Context effect(文脈効果、コンテクスト効果)という言葉が出てきます。これは認知心理学の分野で用いられるようですが、環境要素が個人の知覚に影響を与えているということです。
Context effectをWikipediaで調べてみると、コンテクスト効果の代表的な例が説明してあります。
上の図は何と読めますか?"THE CAT"でしょうか?"H"と"A"が同じ形をしていても、前後の文脈から"THE CAT"と読むことができます。これがコンテクスト効果です。
このコンテクスト効果が治療効果に影響を与えると著者らは指摘しています。ホメオパシーの実践家と患者は治療効果に対する強い信念を共有しており、強固なつながりを持つようです。現代医療に失望した患者が、それを補うかのようにホメオパシーにたどりつく。このような場面で、コンテクスト効果が影響しないはずがありません。
今、必要なのは、ホメオパシーの科学性をさらに追求するためのランダム化比較試験ではありません、と著者らは指摘しています。それよりむしろ、科学の限界をしっかりと認識し、コンテクスト効果はどのように生じているのか、そしてヘルスケアシステムの中でホメオパシーの位置づけをどうするのか、研究すべきである、と述べています。
この論文は、決してホメオパシーの科学的根拠を追求するものではなく、むしろ医療や科学の限界をしっかりと認識した上で、将来のヘルスケアシステムを見据えるべき、と貴重な提言をしているのではないでしょうか。
*1:Shang A, Huwiler-Müntener K, Nartey L, Jüni P, Dörig S, Sterne JA, Pewsner D, Egger M. Are the clinical effects of homoeopathy placebo effects? Comparative study of placebo-controlled trials of homoeopathy and allopathy. Lancet. 2005 Aug 27-Sep 2;366(9487):726-32. PubMed PMID: 16125589.