文脈依存性アプローチの限界

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ALS患者を介護するという文脈

「逝かない身体 ALS的日常を生きる」を読みました。

 ALSとは筋萎縮性側索硬化症という神経系の難病です。ALSにかかるということはどういうことか。ALS患者を介護することとはどういうことか。それは、多くの人が体験できることではありません。しかし、それはどういうことかを推察することが、ケアに携わる人には求められます。

 ALS患者の介護について非常に詳細に描かれたこの作品から、ALS患者に関わる者はもちろん、ケアに携わるすべての人が得られるものは、かけがえのないものだと思います。ぜひご一読ください。

 

逝かない身体―ALS的日常を生きる (シリーズ ケアをひらく)

逝かない身体―ALS的日常を生きる (シリーズ ケアをひらく)

 

 

 以前、担当していたALSの在宅患者のことを鮮明に思い出しました。人工呼吸器を装着して自宅で生活し、他界されてしまいましたが、ご家族の介護がいかに大変だったことか。当時はこれほどまでに思いが至っていただろうかと反省しています。

 

文脈を大事にするということの限界

 そもそも、医師がいまだ体験していない病気をかかえた生活について思い至ることは、たいへん難しいことではないでしょうか。医師と患者の間には、やはり乗り越えがたい大きな隔たりがあるのではないか、そのように思えます。とても十分に理解してあげられるわけではありません。

 このような長編の作品(narrative)を読んで、はじめて見えてくることもあります。これはnarrativeの利点だと思います。しかし、診察室という限られた時間で、患者の話を聞けばわかる、というのは医師の奢りにすぎないと思えます。長期間かけて関係を築いていたとしても、それがなかなか見えてくるわけではないのです。

 医療におけるnarrativeの有用性というよりは、narrativeという文脈を重視する文脈依存性アプローチの限界というものをむしろ感じます。時間的継続性や関係性があれば、患者の理解が深まるというのは、どこか科学的な解決策に過ぎず、まだまだ全体をとらえきれていないように思えるのです。

 臨床には、未だ語られていない深い領域、重要な概念が隠れているのではないでしょうか。

 

文脈に依存する医療

 そもそも、NBM(narrative-based medicine)PCM(patient-centered clinical method)などの方法論は、患者から正確な情報がたくさん得られるとよりよいケアができる、という論理的基盤に立っているようにみえます。

 これは現代の医療では基本となるアプローチと思われますが、情報をうまく引き出してはじめて文脈がはっきりと理解できる、文脈がわからないと理解できない、という文脈に依存される文脈依存性アプローチとなっています。

 これに対して、患者に起こっている現象にどう迫るのか、情報が多ければ多いほどよいというわけではなく、情報量には依存しないと考えるのが、文脈非依存性アプローチということになるでしょう。

 患者の物語をとらえることで、患者のことが必ずしも適切に捉えられる訳ではありません。異なるアプローチも必要なのではないでしょうか。

 

文脈依存性と非依存性

 深夜に発熱したため救急外来を受診した若い男性。文脈依存性アプローチでは、真の受診理由解釈モデルIllness(病い体験)を把握しようとすることが重要です。

 この男性がどんな考えかを聞き出そうとしたとします。しかし、当の本人は、「熱が出たから来ただけだ、別に理由なんてない!」と怒り出すかもしれません。

 文脈非依存性アプローチでは、このように受診するようになるには、いったいどんな背景があるのだろう、と思い巡らすことになります。

 もちろん、本人からの情報収集だけでは秘密が暴かれないこともあるでしょう。これまで他に同じような人は受診していなかったか、など、本人の文脈からまったく離れてアプローチする方法です。

 このような文脈非依存性アプローチには、現象学や構造構成主義の認識論の相性がよいように思えます。

 

 多様な臨床現場では、いろいろな認識論やアプローチ・方法論をうまく組み合わせて対峙していかなければならないのではないかと思います。文脈非依存性アプローチは確立された方法にはなっていません。

 臨床現場で活用できるよう、そしてそれが医療従事者が主導する偏った方法とならないよう、さらに探求していきたいと思います。

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