長生きはリスクである

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  気になるブログ記事がありましたので、紹介します。
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長生きはリスクである

  ここのところ、会った人となぜか立て続けに「長生きはリスクである」という話になった。
  まぁ身近な友人たちがみな40代50代になってきて、「あの人は介護地獄で体を壊し」「あいつは親が癌で転院を繰り返し」「彼女は親が痴呆症で24時間面倒みなくちゃいけなくて」とか、もう身につまされるような身の上話が多くなってきていることが理由であろう。しかも給料は下がり続け、お金のやりくりも大変だ。いろいろみんな大変なのである。

  そして、そうやって苦労している方々の多くが辿り着く結論は「長生き=シアワセとは限らない」ということなのである。長生きこそシアワセというのは日本人の中で長く受け継がれてきた命題だ。でも、その、頭にこびりついた昭和時代的な考え方を、どこかで転換しないといけないのかもしれない。

(省略)

  ここ1ヶ月、あまりに忙しすぎて体へのケアを怠っている。
  でも、数値を管理し、毎日こつこつとセーブして長生きしても、寝たきりになったり痴呆になったり闘病を繰り返したりの末期だと、いろいろ大変だし子どもに迷惑な場合もある。この辺の節制と不摂生のバランスはもう少し慎重に考える必要はあるが(病気になるのはつらいからね)、とりあえず「長生き=シアワセ」という考えからは自由になっておこうと思う。長生きはシアワセとは限らない。一日一生の気持ちで生きて、上手にさりげなく死ぬ。個人的にはそういうのがいいな。今日死んでもいいように、という訓練は常にしているので、あとは「死に方」だ。これがまたひどく難しいのだけど。

  ちなみに、生を受けたこと、生きていること、生かされていること、を軽視して書いているわけではないので念のため。自殺について書いているわけでもない。人生の最期の迎え方の話である。「死に方」を考えることは「生き方」を考えること。この奇跡的な「生」を感謝しつつ、誰にでも必ず訪れる「死」をどう迎えるかをもう少しシビアに考えたいというだけである。
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(一部抜粋)

  最近、長寿はいいことである、といった風潮のみが強調されていませんか。死に方を考えること、「長生きがリスクである」という言葉は、大切な視点ではないかと思います。

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