犠牲にしてきたと感じた

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  宮城のasahi.comは離島の特集でした。
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  01年に網地島に移住した息才(そくさい)昭夫さん(69)と妻の富子さん(62)には、忘れられない思い出がある。富子さんが夕食の準備中に胸が苦しくなったときのこと。照夫さんが医院に電話すると「そのままにしてください」。3分後、安田さんは駆け付けた。それ以来、「先生がいるから安心」と思えた。

  患者と心を通わせ、10年間の常駐で島の医療を守ってきた安田さん。だが昨年11月、かねてから考えていたことを実行に移した。自宅のある仙台の診療所に拠点を移して網小医院には週1日だけ通い、残り4日はとちの木病院から医師に来てもらう――。

  妻や3人の子どもたちになかなか会えず、「犠牲にしてきた」と感じたためだった。
島民は戸惑った。「新しい先生にはどう話したらいいか」。「表彰してもらえば、思いとどまってくれる」と県に掛けあう人もいたほどだ。

  安田さんが常駐をやめて2カ月。島の人たちは今も水曜日を待っている。
  安田さんは今の診療態勢は苦肉の策で「細々と手伝っていきたい」と話す。大切なことは、医院をしっかり続けていくこと。それが最終的には島の人たちの健康を守り、島で安心して最期を迎えることにつながると思うからだ。常駐をやめてコストが削減できたことも、継続していくうえでは重要だと考える。
  島の医療の新たなモデルケースにするには、まだ道半ばだ。「まずは新しい先生と、島の人たちが仲良くなってほしい」。安田さんの心からの願いだ。(橋本佳奈)
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(一部省略)

  島に生きること、島で医療を提供することの意義と難しさについて、住民と医療提供者側の立場が垣間見られる記事です。

  宮城の離島はこんなにあるのですね。他の記事もどうぞ。
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